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デザイン、建築、エンジニアリングの領域において、フランス人のジャン・プルーヴェ(1901-1984)は、20世紀におけるもっとも多才で革新的な創造者のひとりに数えられる。ル・コルビュジエをはじめ同時代の卓越した精神の持ち主たちから賞賛を集めたプルーヴェの仕事は、ペーパーナイフから照明器具、家具、建築のファサード部分、プレハブ建築、モジュールを用いた建築システム、大規模なホールにいたるまで、きわめて広範囲に及んでいる。それらは手仕事の精神を残しながら工業的な技術によって作られるものとなっている点に大きな特徴がある。アール・ヌーヴォーの中心地ナンシーに生まれ鍛冶職人としてスタートを切ったプルーヴェは、家具の工場生産、建築部材のプレファブリケーション、建物の工業的生産に寄与した偉大な先駆者のひとりに数えられる。自らの工場を持ちつねに職人たちとともに働いたプルーヴェは、自分を「建設家constructeur」とみなし、建築、デザインを合理的な工業生産の論理によって刷新することを試みた。彼の作品をつらぬく有用性の思考や材料の論理、あるいは工業化への意識などは、まさに新しい現代の美を生み出したといえる。だが、時代の先端を切り開いたプルーヴェの作品は、きわめて独創的なデザイン性と手作りの人間的なぬくもりをあくまで維持するものでもあり、その意味において、現代デザインに孕まれるもうひとつの豊かな可能性を表している。今日、レンゾ・ピアノ、ノーマン・フォスター、ジャン・ヌーヴェルなど多くの現代建築家が彼を師と仰ぎ、その作品から多くの発想を得ている。

Jean Prouve history
1901年
4月8日、パリにて工芸家の父、ヴィクトル・プルーヴェと音楽家の母の間に生まれる。エミール・ガレが名付け親となり、ナンシーで育つ。
1916年
金属工芸家、エミール・ロベールのもとに弟子入り。
1919年
金属工芸家、アダルベール・サボーのもとに弟子入り。
1923年
ナンシーに工房を開く。
1925年
父の弟子だった画家、マドレーヌ・ショットと結婚。
1930年
ル・コルビュジエ、シャルロット・ペリアンらとともに、現代芸術家連盟(UAM)の創立メンバーに。
1931年
『アトリエ・ジャン・プルーヴェ』を設立。多数の工作機械を導入。
1931年
ナンシー大学のためにドアや家具を制作。
1937年
パリ万国博覧会に、ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレとともにバスルームをデザイン。
1939年
フランス陸軍のためにプレハブ小屋800棟を生産。
1940年
レジスタンス運動に
積極的に参加。
1944年
ロレーヌ地方とヴォージュ地方で、家を失った家族のために100軒以上の
プレハブ住宅を生産。
1944年
ナンシー市長を1年間務める。
1947年
ナンシー郊外のマクセヴィルに新工場を開設。
1953年
フランス・アルミニウム公社がアトリエ・ジャン・プルーヴェの株主に。工場の再編にともない、プルーヴェは辞任。
1954年
ナンシーに自宅を建てる。パリにデザイン・スタジオを設立。
1955年
ジャン・プルーヴェ建設を設立。
1963年
国際建築家連合よりオーギュスト・ペレー賞を受賞。
1971年
ジョルジュ・ポンピドゥー・センターのデザイン・コンペティションで審査委員長を務める。
1984年
3月23日、ナンシーにて死去。
(享年82才)
ジャン・プルーヴェに関連する書籍
ジャン・プルーヴェ/ Jean Prouve

椅子の辞典

ジャン・プルーヴェを代表する椅子の一つスタンダード・チェア
ナンシー大学都市のコンペがきっかけで、木材とメタルの組み合わせを積極的にデザインに取入れました。1930年代から50年代にかけて、この特徴的なフォルムを持った椅子を様々なヴァリエーションをもって展開していきました。
その中でもスタンダード・チェアは、最もシンプルな構造をもつものであり、プルーヴェの構造哲学を知ることができます。
 
Standard Chair
ナンシー大学都市の学生寮用の家具のコンペを勝ち取り、1930年代にいくつもの家具やドアをデザインしており「シテ」もそのシリーズの一つとしてデザインされたもので、その中でも傑作の一つに数えあげられています。スチールの曲板の構造を熟知して作られたループ状の構造兼アームレスト、そこに収められた幅広の革のベルト、そして背もたれから座面まで流線型のフォルムをもつシートなど、現代においても決して見劣りすることのない力強いデザインです。自宅でリラックスする場面にも公共の待ち合い室にも適しています。
 
Cite armchair

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