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フィレンツェの公爵家に生まれ1940年代に創業。
イタリア・ナポリ生まれ(1914-1992)。ミラノ大学へ通った後アメリカ、ジョージア州アセンズの大学で学ぶ。1937年、オレゴン州ポートランドのリード・カレッジに在籍、社会学を専攻。イタリア空軍のパイロットも務め、後には政治家としてイタリア議会に在籍したこともある。1939年、イタリア帰国後フィレンツェの大学に入学。1941年、政治学で博士号を取得。1945年、第2次世界大戦後、高校時代オリンピックのスキーチームの選手だったプッチは、自分でデザインしたスキーパンツが雑誌「ハーパース・バザー」に掲載され、人気を博す。アメリカで教育を受けたプッチの合理性と、カラフルな陽光溢れるイタリアの小島のムードを合わせ、プッチ独自の「太陽と紺碧の地中海に過ごすごくわずかな人のための」デザインが誕生。ヴォーグ誌は、「カプリのエミリオ」「イタリアから全ての南の島へ」というコピーで彼のデザインを紹介した。大胆な図柄と色、独特の幾何学模様のテキスタイルが世界中のセレブの人気を集め「プリントの王子」の異名を持つ。スポーツウエアのデザイナーや異業種とのコラボなどで評判を高める。
一口メモ
プッチ柄とは、大胆でポップな多色使い、植物などをモチーフとした流れるような柄、あるいは直線的な幾何学的プリント柄のこと。
エミリオプッチはイタリアの家族的経営に誇りを持ち、富豪でもあるため、商業ベースで事業を拡大する方針はとらず、限られたバイヤーが、フィレンツェのプッチ城を訪れ、その場所でファッションショーを見て、買い付けを行うという方式をとっていた。当時、日本でこれができたのが、ビームス。日本でプッチの小物や下着を正規に扱うことができるのはビームスだけだった。
世界のファッションシーンで熱い注目を集めるエミリオ・プッチ。そして最も期待される若手デザイナー、パトリック・ノルゲ。そのコラボレーションから生まれたソファはインテリアとファッションの最も大胆な一体化と言えます。プッチならではの幾何学模様のテキスタイルと優雅なカーブを描くフォルムのマッチングは、インテリアにまったく新しいインパクトを与えます。

Rive Droite Armchair

デザイナー

クリスチャン・ラクロワ(Christian LACROIX)
1951年、フランス、プロヴァンス地方のアルルに生まれ
ソルボンヌ大学で美術史を専攻後、エルメス入社。アクセサリーデザイナーを経て、ビブロス入社。81年ジャン・パトゥのデザイナーに抜擢。87年LVMHのバックアップにより自らのメゾンをフォーブル・サントーレに構え、88年二回目のデ・ドール賞(金の指貫)受賞。イタリアのジェニーからプレタポルテにも進出。オートクチュールの寵児として一世を風靡したが、94年香水「セラヴィ」の失敗以後、輝きを失いつつあった。が、2003年からエミリオ・プッチのアーティスティック・ディレクターに就任。2002年フランス最高の勲章レジオン・ド・ヌールを受賞。
公式サイト
EMILIO PUCCI(英語)
http://www.emiliopucci.com/
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エミリオ・プッチに関連する書籍
Emilio Pucci (Universe of Fashion)(エミリオ・プッチ共著)
Emilio Pucci(洋書)
EMILIO PUCCHI HISTORY

1914年
エミリオ・プッチ、フィレンツェの公爵家に生まれる
1940年代
創業。デザイナーのエミリオ・プッチはイタリア・ナポリ生まれ(1914-1992)。ミラノ大学へ通った後アメリカ・ジョージア州アセンズの大学で学ぶ。
1937年
オレゴン州のリード・カレッジに在籍、社会学を専攻。
1939年
イタリア帰国後フィレンツェ
の大学に入学。
1941年
政治学で博士号を取得。
1945年
自分でデザインしたスキーパンツが雑誌「ハーパース・バザー」に掲載される。
1950年代
カジュアルエレガンスの代表である先の細いパンツ、カプリルックを発表。
1960年代
マリリン・モンロー、エリザベス・テーラー、ジャクリーヌ・ケネディらによって米国でブレイクした。
1964年
アメリカの「ブラニフ航空」
の制服をデザイン。
1971年
アポロ15号のマーク
をデザイン。
1988年
ニューヨークにブティック
をオープン。
1992年
エミリオ・プッチ死去
1997年
ミラノの会社に経営権を譲渡。
2000年
LVMHグループに参加。
2001年
ジュリオ・エスパーダがアーティスティック・ディレクターに就任。ラウドミア・プッチはイメージ・ディレクターとなる。
2001年
ミラノ・サローネでプッチはカッペリーニ社、パトリック・ノルゲとコラボレーション。ソファや椅子に「プッチ柄」が蘇り、デザイン界の話題に。
2003年
デザイナーがクリスチャン・ラクロア(Christian Lacroix)になる
2004年
ブランド創設の基となったスキーウェアコレクションを、ロシニョールとの提携により再開。
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